コンセプチュアルだけではないモノづくりとは

HARUNO MANRIKI

B&Hがブランディングを担当したライフスタイルブランド「FIL」が8月にリリースされました。「人間にとって、満ち溢れた人生とはなにかを問い続ける」というブランドイデオロギーに基づいた独特な世界観とデザインを展開しています。今回は、デザインとブランディングにおける密接な関係について、FILのプロダクトデザイナーとして共創をお願いしたCanuchの木下さんにお話を伺いました。戦略でもコンセプトでもマーケティングでもない、イデオロギーとはどのようなものなのか。前編はFIL制作の裏側と共にブランドにおけるイデオロギーの重要性を紐解いていき、後編は現代におけるオフィス空間デザインについてのお話をお届けします。


木下 陽介

1984年 10月生まれ。北海道出身。東京工芸大学 デザイン学科 HPコースインテリア専攻卒。インテリアデザイン事務所勤務後、2012年にCanuchを設立。空間デザインから家具などのプロダクトデザインまで行う。物事や素材そのものが持っている本質的要素を見極め、その本質が美意識を刺激する関わりを「ヒト・モノ・空間」に表現する。

CANUCH INC


FILとは

FILは熊本県阿蘇・南小国を拠点に活動するライフスタイルブランド。東京・パリのクリエイターとの創作活動から、家具やフレグランスを展開し、旗艦店にはファブラボも併設してものづくりの場を提供している。丁寧な手入れで保たれてきた阿蘇の美しい景観、訪問者を優しく受け入れる温かな心、それら「自然と人・人と人」のつながりを重んじる文化・価値観を「Fulfilling life=満ち溢れた人生」というコンセプトに落とし込み、末長く愛用でき、人とモノの関係において深く強い繋がりを生む製品作りに挑戦している。

FIL WEBSITE


─ 今回FILのチームに参加されていかがでしたか

木下: 物凄く大変でしたけど楽しかったですね(笑)「依頼された木材を使った家具を作ろう」というだけの地方でよくあるプロジェクトではなく、B&Hさんがブランドの「在り方」を掘り下げてFILのイデオロギーを出してくれていたことで、関わったメンバーが共通の軸を持つことができ、非常に進めやすかったです。また、初めて膨大なリサーチ資料を見せてもらった時に「ちゃんと考えている人がいるな」という印象を受けました。非常に中身をつかみやすかった記憶があります。

─ 「ちゃんと考えている」とはどういう意味ですか?

木下: 僕らがプロジェクトの中で提案する時は、大体の案件でブランディング会社さんはいないので、自分たちでリサーチをして、コンセプトを立てて「こういう設計でこのデザインにします」という道筋を作って提案しております。しかし、他の会社さんのプロジェクトを見ていると、リサーチやコンセプトの検証が足りていなくて「このコンセプトであれば他の会社のものとしても通用するのでは?」という印象を受けることも少なくありません。クライアントやプロジェクトのために考えたオーダーメイドのコンセプトじゃなくて、ある程度決まった定型を提案している会社も多く存在していると思います。そういう点において、僕らCanuchはちゃんと考えているなと思っていたんですけど、それ以上のことをB&Hさんはしていました。経営学やマーケティングなど、僕が知らなかった領域の知識とかマネジメント的な視点も入っていて、それは知らなかったなということを気づかされましたね。イデオロギーというのは、コンセプトのもっと根っこの方のもので、思想や哲学のようなものなのかもしれません。全員に好かれるというブランドではなく、アンチがいる。でも、お互いを尊重し均衡を保っている状態。それがイデオロギーなのではないかなと。そういう説明をしてくださったのも含め「ちゃんとやっているな」という印象になったんです。

─ ブランドの軸となるキーワードがあらかじめ存在していたことは木下さんがデザインをする際にどんな影響がありましたか?

木下: 景観を重んじる価値観や自然との対話、人とのつながりなど、人・自然・モノ同士の「深くて強いつながり」を意識して生きることが「満ち溢れた人生」を過ごすために必要な要素ではないか。というB&Hさんが立てたブランドとしてのイデオロギー(在り方)が参加した時点で既に存在していたのですが、言葉だけでは実感がなかったので、まず実際にその「在り方」を含め、暗黙知を体験するためにFILの拠点となる熊本を訪れることにしました。そこでFILが表現しようとしている土地の特徴や人間性、自然の良さが作り出す独特なつながりを肌で体感し「あぁ、深くて強いつながりっていうのはこういうことなんだな」と理解することができました。

現地訪問後、FILというプロジェクトやイデオロギーについて自分たちの視点で再度分析して、地方創生や観光促進だけじゃなくて、その土地でしか生まれないアイデンティティみたいなものを発信していくプロジェクトだなと思ったんです。だけどそれぞれの土地の良さって、やっぱり行かないと経験できないじゃないですか。だからそこに行きたくなるような商品や、その土地の風景を想起させるようなものをデザインに落とし込む必要があると考えました。

そういうこともあって、「杉を使って家具を作りました」というだけにして埋もれてしまうのはもったいないと思いました。それと、私たちは「IDEA OF MATERIALS(素材は何を思うのか)素材を最大限に活かし、本質的な美を体感する」という理念を掲げており、それを念頭に置きながら、機能・素材の美しさと物事の本質を体感してもらうという事を心掛けて普段仕事をしています。ですので、今回も伝えたい本質を加味した上で今までにない表現で価値を体感する方法はないかなということを模索しました。そこから、「素材を対比させることで今まで見えなかった素材の価値に気付けるのではないのか、対比が作る調和が新しい魅力を引き出せるのでは」という仮説を立てました。それで手法としては「木材と違う素材を併せたプロダクト」というテーマでひとつ検証して作ってみようということになったんです。

─ 今回の素材である小国杉にはどのようなポテンシャルがあったのでしょうか。

木下: 小国杉特有の特徴としては、杉材の中でも木に粘りがあり強度がでる。また、他の杉よりも淡いピンク色になっているところがあります。それと、杉という材料自体の特徴でもありますが、木材には比重というのがあって、同じ形状でも重さが違うのですが、杉の比重は広葉樹と比べるとすごく軽い。だからどうにかしてその特徴である軽さを活かそうと思いました。ただ、家具という側面からみると、細く繊細なデザインを作り出せるんです。つまり杉そのままではそれが逆にできない。だから強度の必要な構造体を何か他のもので代用しようという解決策に辿り着いたんです。

そのような特徴をいくつかピックアップして小国杉の価値を引き出すための方法を考えていった結果、今のMass Seriesが出来上がりました。杉だから表現できる一番の魅力は「質量」の部分だと感じたんです。軽いがゆえに他の木よりも多く使えるというか、値段としても高くなくてあふれている素材なので、うまく活用すれば今までにないデザインのものができるかなと考えました。

─ 今回特に難しかったことは何ですか?

木下: 細いディテールや繊細なデザインが個人的に好きなので、デザインを考え始めた最初のころにそういう表現の可能性を杉に求めてしまったことですね。先ほども申し上げた通り、杉だとそういう細かい表現は施しにくいのです。特別な技術をつかって杉を圧縮加工したりして杉材の強度を上げる試みをしているブランドもあるので、最初はその方向性も考えました。でもそういった独自の技術を持っている家具メーカーを真似して対等に戦うのは厳しいだろうなと思って他の解決方法を探りました。また、FILのオーナーであり依頼主である穴井さんの会社は製材所で、家具職人さんがいるわけではなく、こちらがその特別な技術を使ったデザインを提案しても形にするのが容易なことではなかったのです。だから製材所の方のことも素材の一つとして考え、あの人達なら何ができるかなという風に考えました。そんな風に色々な要素を踏まえて家具のラインの在り方を考えていきました。

そのような経緯から、他の家具メーカーさんのように、木だけで杉の家具を作るという事をやめて、異素材との対比という表現で面白いものを作れるかを考えました。結果、フレームを細く繊細にすることで全体の印象としてはスマートに。だけど木材を厚くすることで、杉の主張が感じられるようなデザインにたどり着きました。小国杉の特徴である色を活かすためのパイプのカラーもいくつも検討しました。カッパー色(銅色)なら赤みがあるので、小国杉の淡いピンクと調和するというのを導き出して、今のシリーズの色が出来上がりました

─ そのほかにこだわった部分はありますか?

木下: 鉄と木の組み合わせは個人的に気に入っています。アームの角度、腰のすわりの感じなども何度も何度も検証を重ねて決めたものです。アームが床と平行になるようにしたりして、全体のフォルムの見え方やまとまりを意識をしています。新しいというよりはノスタルジックな印象にできたかなと。昔よくあったパイプの椅子のフォルムを思い起こさせるようにしつつ、今の時代にも受け入れられる雰囲気をつくるように心がけました。

あと、普通はメーカーからの家具をデザインする時の僕たちの領域は意匠設計までで、そこから製造までの業務は家具メーカーさんに全部お任せする事がおおいです。ですが、今回は意匠設計だけではなく、素材集めや製造業者探し、物流経路などの製造過程すべてを僕たちで設計してます。例えばMass Seriesの椅子の場合、この椅子のフレームサイズをこの指定色でメッキ加工できるところが全然なくて、対応できそうな工場を全国数十カ所リストアップし、一件一件僕たちで電話してアポを取り実際に会いに行って策定しました。家具に使うファブリックもメーカーさんと相談しつつ僕らで決めました。ファブリックはmaharamというNYの会社のもので、平織でグレーの色合いがしっかりしているものを選定しています。

─ デザイン以外の部分もご自身で!それは大変そうです…。そうしてデザインしていく中で、B&Hの提案内容と木下さんの意見がぶつかることはありませんでしたか。

木下: 最初の時点から、B&Hさんが策定したビジュアルのアウトプットイメージと自分たちのアウトプットイメージは全然違いました。リサーチ資料の中で案として挙げられていたコンセプトについては「ちゃんと考えられているな」という印象でしたが、ビジュアルに関しては資料を読んだだけでは「なぜそういうビジュアルが必要だったのか」というところまでは自分の中に落とし込めていなかったんです。なので、キービジュアルを作る際には結構僕らも意見した覚えがあります。視覚表現はそうじゃないんじゃないかと。でも、家具という産業の背景、競合の訴求方法、マーケティングやPRの視点など様々な要素を考慮して、この知覚をユーザーに与えていきたいという全体設計を聞いて納得できました。他の家具メーカーがやっているような正攻法の表現でいくと他に埋もれてしまうということでした。その視点での表現は僕らにはなかったので学びがありました。

─ 埋もれさせないために考えてあったんですね。

木下: そうですね。埋もれさせないことを考えた結果そういうアウトプットになったんだということが今では理解できています。最終的に組みあがったものや外からの反応を見ていると、たしかに他とは見え方が違うなと。そこがフックとして一番大事な部分を担っているんだと理解しました。そこで埋もれてしまうよりは前に出て、知ってもらってからが本当の勝負かなと思っています。

─ 弊社というブランディング会社との共創はいかがでしたか。

木下: まずB&Hさんと一緒にできてよかったと思っています。デザイナー主導の場合に陥りやすいのは、デザイナーの主観に寄りすぎ、「コンセプチュアル」(概念的で現実味がなく具体性が欠けた提案)なものになって終わりになってしまうこと。ブレイクスルーのみのスタイリング提案になる事が多いのかなと。今回一緒にできたことで、明確なブランドの在り方、リサーチ情報やビジュアルコントロールという部分で、今までにない視点をもらえたなと思っています。リサーチで導き出すターゲットや、FILがプロダクトを作る意味などをちゃんと整えた上で、常にイデオロギーを確認しながら独りよがりでないデザインをしっかり考えることもできました。

─ 「コンセプチュアル」じゃないとしたら、FILのプロジェクトの在り方をどう表現しますか?

木下: 言葉をあてはめるとしたら今村さんの言っている「イデオロギー」なのかもしれないです。「コンセプトではなく、ブランドが出すべき在り方」を見つけることができたといえば近い気がします。僕らデザイナーだけでも近いことはできたかもしれないけど、よく迷うのできっとここまではたどり着けなかったと思います。


FILが独特な存在感を出せたのは、ブランドの見せ方としての「コンセプト」とは一線を画す「ブランドの在り方(イデオロギー)」をはっきりともっていることが理由のようです。新しいものやアート性のあるもの、機能性が高く、切り口が面白い商品などがあふれる現代の中で、もっと根っこの方にある「自分とは何者なのか」「ブランドとは何だろうか」といった美辞麗句ではない「義」を問うデザインは、埋もれない力強さをプロダクトに与えることが出来るのかもしれません。後半は空間デザインとブランディングの共創で生まれる可能性についてお届けします。

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HARUNO MANRIKI

HARUNO MANRIKI

EDITOR

マインドフルネスで心と体を整える整体師。日本語・英語・ドイツ語・フランス語の通訳や翻訳ディレクション、インバウンド事業のアドバイザーなども行っている。現在はマインドフルネスを使った「自続可能なからだ」作りを提案する整体師として活動中。セルフケア体操教室HAKUも主宰し、自宅や職場で簡単にできるセルフケア方法を紹介している。

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