オリンピックのロゴは国民性を映し出す鏡ではないか

GENKI IMAMURA

オリンピックのロゴに関してはいろいろな意見があると思うのですが「サイエンスとアート」「ロジカルとエモーショナル」「理と情」のバランスを研究し、「経営に役立つブランドアーキテクト」に挑戦している弊社なりの見解を共有できればと思っております。今回のような選考になってしまった背景には、そもそもロゴというものがどのような機能を持ち、どのようなプロセスで策定しなければならないかという形式知が一般的にしっかりと定義されていない事が原因に挙げられるかと思われます。CI(Corporate Identity)=ロゴではなく、ロゴ単体はCIの一つの要素であるVI(Visual Identity)のさらに一部分でしかないのです。このように今回のロゴ策定における問題は「広義のデザイン」であるCIの全体設計ではなく、「狭義のデザイン」であるVI(Visual Identity)だけで選定しようとしたからではないかと考えています。

私たちは、CI(Corporate Identity)は、SI(Strategic Identity 戦略性), MI(Mind Identity 思考性), BI(Behavior Identity 行動性)VI( Visual Identity 視覚性)という4つの要素で構成されるものだと捉えています。これらを導き出すためには、まず、ブランドプロポジションという中心となる「ブランドの核」を策定する必要があります。(弊社ではこれをWHY・存在意義とも呼んでいます)そして、ブランドプロポジションを策定するために、弊社では「3C分析」(Company / Customer / Competitor )という基本的なフレームワークを使用して導きだしています。

UBERのCIはVIだけではなく、SIやMIなどの思想を汲み取ることができるクオリティの高いCIの例だと思います https://brand.uber.com

3C分析ではまず自己(Company)を理解することから始めます。今回は対象が国・都市となりますので、自国・都市(Country)がどのような国・都市かを知る必要があります。日本や東京がどのような資源を持っていて、どのような産業(バリューチェーンの構造)があり、どのような政治を行い、どのように世界に対して存在価値があるのか。また、それらの資源(ケイパビリティ)を活用して今後どのような国・都市になることを目指すのか。私たちが生きている世界には今後どのような機会と脅威があり、どのように強みと弱みを考慮しながら進化・革新・差別化していくのかなど、経済学ディシプリンや認知心理学ディシプリン、社会学ディシプリンの視点を織り交ぜながら分析していきます。

そしてその後に、どのような顧客(Customer)がいるかを分析します。ここではデザイン思考的なアプローチが重要になります。今回のオリンピックはどのような人に対してのものなのか、日本国民・東京都民・世界の人々・選手・それを支える人々など多種多様な顧客が見えてきます。そしてその顧客がオリンピックに対して抱いているニーズを分析し、どのような体験をして欲しいのかを導きだしていきます。これにはペルソナ分析・デモグラフィック分析・エスノグラフィック分析・カスタマージャニー分析など多様な分析方法によって調べていきます。

最後に、どのような競合(Competitor)がいるかを分析します。アメリカ・中国などの経済大国や文化などで優れている国々やニューヨーク・ロンドン・パリ・ミラノ・北京・シンガポール・ドバイなどの都市を自己分析でやってきたプロセスと同じようにリサーチし、その中で今後、日本という国や東京という都市は世界でどのようなポジショニングを取るべきかを、幾つかの戦略グループに分け、価値提供ベースでマッピングしながら策定していく必要があります。このような分析をすると、3C毎に核となるコンセプトを策定することができます。自社分析により、日本・東京の独自の良さを見いだし、その独自の良さがどのような人々に向けてどのような顧客体験を作るのか、そして他の世界の国や都市と比べてどのように差別化していくのかなど、3つのコンセプトを考慮して導き出すのが、ブランドプロポジション(ブランドの核)であり、日本・東京の存在意義になるのです。

このプロセスを通して策定した「ブランドの核」をもとに、SI(Strategic Identity 戦略性), MI(Mind Identity 思考性), BI(Behavior Identity 行動性)VI( Visual Identity 視覚性)という4つの要素を策定していきます。そのようなプロセスで策定すれば、アート性のあるデザインでも、筋のとおったロゴの説明が可能になると考えています。

新国立競技場のデザインもブランドプロポジションを軸に展開すると全体の統一感と納得度が上がるはずです

例えば、自社分析をした結果、日本や東京という都市には「経済力・ハングリーさ・革新性・先進性・真面目さ」などの存在価値があるとします。顧客が日本に求めているものが「先進性・日本ならではの和の哲学・ホスピタリティ・熱狂・安全性」であり、他の国や都市との差別化には、「日本ならではの歴史ある価値観と和の哲学・ホスピタリティ・インテグリティ・先進性」だと仮定します。この3C分析によりコンセプトによって導き出されれるブランドプロポジション(ブランドの核)は「経済合理性・先進性ある和の哲学」とします。(少し浅いコンセプトですが説明するために我慢して頂ければと)このブランドの核をもとに各Identityを展開すると下記のようになります

SI (Strategic Identity)戦略的なルール

「経済・思想ともにいつの時代も世界の人々に尊敬されるような、ホスピタリティーや真摯さ、深い独自の哲学を持った人々が住んでいる世界で3番目の都市を目指す」 ※ハワイが常に人気3番目の旅行先のように、東京という都市も世界において普遍的に愛される都市を目指すというコンセプト・経済的にも政治的にも世界3位以下の都市に転落できないというプレッシャーも含め

MI (Mind Identity)ビジョンやクレドなど・思考のルール

「新しい誇るべき和の哲学」

BI(Behavior Identity)行動のルール

姿勢よく歩く、振る舞う(国民全員が意識して行動する)
フェアプレーを徹底する(選手たちが責任もって行動する)
言葉遣いを丁寧にする(国民全員が意識して行動する)
先進性のある取り組みをする(デジタル・IoTなどの技術力をアピール)
常に都市・会場を清潔に保つ(国民がゴミを捨てないなど)
その他、MI・SIに関連する行動などを全員で規定していく

このようにSI・MI・BIを策定してから初めてVI(Visual Identity)は視覚化されるものだと私たちは信じています。しかしVIと言ってもその領域は幅広く、シンボルやシンボルに関わる全てのデザインシステム・国立競技場やその他の競技場などの建築・広告で使う写真や動画など目に見えるもの全てに共通した体験ができるように設計する必要があります。国立競技場の建築デザインや東京都観光ボランティアの服装の件もブランドプロポジションやCIをしっかり策定していれば、あのような事にはならなかったのではないでしょうか。

VI(Logo)の良し悪しではなく、SI・MI・BIの良し悪しを議論するような国になるべきではないだろうか。きっとニューヨークやパリであればそういった議論になったはず

今回のオリンピックのロゴに関してこのような状況になっている理由には、「広義のデザイン」であるCIの全体設計を考えずに、「狭義のデザイン」である切り口だけのVIを策定したことに原因があるのではないかと思っています。そして最後には公募という方法で民意を得ることを優先順位としてしまったので、この「狭義のデザイン」においてもクオリティを満たさないロゴが出てきたというわけです。その分、佐野さんの案はVIとしてのデザインシステムを高いクオリティで満たしていたと言えるのではないかと思っています。それはデザイン業界の人やブランド構築の専門家からすれば一目瞭然だと思います。佐野さんのデザインはCIという視点で論理的に説明していれば民意も取れていたのではないかと思います。さすがに、どこかのロゴに似てしまうのはまずいので少し調整が必要かもしれないのですが「和(禅・シンプル)の思考を持つ先進性ある真摯な都市」(仮のMI)をベースに策定するのであれば、ロゴ自体の先進性と研ぎ落とされたシンプルでモダンなシンボルとデザインシステムとしての展開力を想定したVI設計は相当レベルの高いものなのだと思っています。

また審査委員会自体も日本を代表するような人たちで結成されていたと思うので、クリエイティブディレクターとしての役割を持ち、全てをトップダウンで決めてもらっても良かったのではないでしょうか。ロゴを作るデザイナーもコンペ方式ではなく、最初から実力者を何名か指名してドリームチームを結成して作らせた方が良かったのではとも思っております。グラフィックデザインという「狭義のデザイン」という視点だけではなく、経済効果や日本の存在意義なども含めた「広義のデザイン」としての視点でみれば、佐野さんは日本でもかなり数少ない有能な人だったはずです。

やはりこのような状態になってしまった理由には、デザイナーや選考委員会だけではなく、国としてどのような方向性に行くのかを明確に打ち出せない政治が悪く、その政治家を選んでいる私たち国民自体の思考やデザインに対して向き合う姿勢が悪いのではないかと思っております。本質的な存在意義や価値を見失い、見た目だけのロゴを選ぶ人が多く存在していることは、自分たちの哲学を忘れてしまった国民が増えてしまったということを映し出しているのではないでしょうか。ニューヨーク・パリ・ミラノ、そしてこれから成長しようとして挑戦している都市であればこのような状況にはなっていなかったかもしれません。国立競技場、ロゴの件も含め、すべては私たち国民の思考や行動の鏡なのではないかと思うと、とても悔しい気持ちになりますし、自分の無力さを痛感しております。

今一度日本という国が世界的に見て、どのような存在にならなければならないかを私たち若い世代で議論していかなければならないのではないでしょうか。

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GENKI IMAMURA

GENKI IMAMURA

FOUNDER / BRAND DIRECTOR

BEES/HONEY INC Founder + Brand Producer ハワイ大学マノア校 ビジネス学部卒業 アメリカにてスタートアップ・ベンチャー企業の立ち上げとブランドプロデュースを担当。帰国後、2010年にブランディングエージェンシーとして幅広いブランディングを行うBEES/HONEYを立ち上げ、事業の立ち上げと売却を経験。現在は上場前後のスタートアップからミドルベンチャーなどIPO前後の企業に対してブランディングだけでなくブランド思考に基づくコンサルティングやアートディレクションを行っている。クライアントにはLevarages, Richmedia, Unimedia,UUUM, MACROMILL, Mobercial など

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